レビュー:フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿 第14回「ビタミン×戦争×森鴎外」

NHKのBSプレミアムで毎月最終木曜日に放映されているシリーズの第14回。科学の発展には必ず光と影があると言うことで、一般的はあまり知られていないその過去の影の部分を詳細に紹介していこうという構成に興味があり毎回視聴しているものである。過去には「キュリー夫人(放射能研究)」「ナパーム(爆弾、焼夷弾)」なども取り上げられてきている。

今回は取り上げるのは「森鴎外(森林太郎)」である。もちろん明治の文豪として知らない人はいないし、旧帝国陸軍の軍医でもあったことは教科書にも載っている。

その中で、今回のテーマとして取り上げられたのが、彼の軍医としての経歴の中で「脚気」を巡る言動である。

番組の内容を要約すると以下の通りである。

森林太郎は旧帝国陸軍の軍医として兵の健康維持管理の責任があった。当時の陸軍では脚気による死者が戦闘による死者を大幅に上回っていた。当時は脚気の原因は不明であったが実は陸軍では兵に白米が支給されており、実際はビタミンB1の不足によるものであった(当時はビタミンはまだ発見されていない)。

一方で海軍では麦飯(炭水化物以外にタンパク質やビタミンB1を含んでいる)が支給されており、脚気の発症や死者の数は陸軍に比べると非常に少ない状況であった。森林太郎は、海軍で麦飯が脚気の予防に役立っているという事実を認めず、彼の医学の師であるコッホの発見した細菌が病気の原因であるという細菌論に固執するあまり、おびただしい数の陸軍の兵士を脚気により死なせたというものである。

当時は、ビタミンは未知の栄養素であったため、海軍で麦飯を提供することが脚気の予防につながったというのはあくまでも対症療法であったし、森林太郎自体が当時の超エリートで子供の頃は神童と呼ばれるほどであったため、自己の主張を曲げることが出来ずに、悲惨な結果を招いたというものである。また、東京帝国大学出身という学閥の影響で海軍の医務局を批判する(批判の内容としては証拠を示さずに自信の学識が優れているので間違っているはずがないというもの)があったという展開にもなっている。

森鴎外の脚気の治療への姿勢に関しては、彼の研究者の間では旧知の事実であるが、一般の視聴者にとってはあまり知られていない内容であったと思われる。明治期の文豪、抜群の経歴を持ったエリート軍医として著名であり人格的にも問題が無いと思われていた偉人が、狭隘な思考によって多くの人を死なせるという悪行を犯すという展開となっている。

また、細菌論に固執するあまり、未知の栄養素であるビタミンを発見しようとする努力を怠り、結果として他国の研究者がビタミンを発見しノーベル賞を受賞することになったという話になっていた。

もちろん、彼の研究者の中でも本件の擁護派がいて、麦飯を採用しない責任に関して森鴎外個人ではなく上層部の組織に問題があったことや兵站の問題から麦飯の採用が出来なかったという議論もある。

ということで、個人的な所感であるが、当時の陸軍の医局の中で森林太郎がどのくらいの発言力を持っていたのかが今となってはわからない状況で、番組では責任者であるような表現がとられていたことに少し違和感を感じた。新しい文書などが発見されない限り、この論争は先に進まないと思われる。

本番組は毎回このように「一般的は優れた学者・発明家」と呼ばれている人物やその発明が、その開発段階で多くの犠牲を払っていることを明らかにするものである。科学技術の恩恵にあずかっている現代人には、自らの足下を見直し科学技術の意義について考える良い番組だと思っている。

 

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