私はこれで恋に落ちた!! 行動経済学との出会い、モンティ・ホール問題

 米シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が2017年のノーベル経済学賞を受賞したことを記念して、私と行動経済学とのなれそめの話をしたいと思います。

 私が行動経済学を大好きになるきっかけとなったのが今回紹介する「モンティ・ホール問題」です。行動経済学というのは従来の経済学が「消費者はもっぱら「経済的合理性」にのみ基づいて、かつ個人主義的に行動する(するだろう)」事を前提にしているのに対して「消費者は時に「経済的合理性」にそぐわない(つまり、非合理的な)行動をとる」ことを前提としている経済学です。経済学的観点では行動経済学と呼ばれていますが、心理学的観点からは行動心理学とも呼ばれる学問分野です。従来の経済学では説明できない消費者の行動を心理学の知見を加えて解き明かそうというもので、両者の融合ともいうことが出来ます。

 実際にはモンティ・ホール問題は行動経済学の前提条件であるパラドックスとかジレンマとかの問題ではあるのでしょうけれど、とある行動経済学の入門書に掲載されていた問題であり、かつ非常に興味深い問題であったので、私は瞬く間に行動経済学の虜になったのです。

モンティ・ホール問題とは

 モンティ・ホール(Monty Hall)は米国のタレントであり、彼が司会を務めるTV番組「Let’s make a deal」で行われたあるゲームに関する論争を「モンティ・ホール問題」といいます。このゲームは一種の心理的なトリックを含んでおり、正解が説明されてもそれでもなお納得しない人がいたということです。これは数学的に導かれた確率と直感的に考える確率とが異なることからパラドックスとかジレンマとか言われることがあります。

 さて、実際のゲームとは次のようなものです。

 参加者の前には3つの閉じられた扉があり、その扉の内1つの奥には賞品である自動車が置かれており、残りの2つは外れとなっています(実際のゲームでは外れの扉には山羊がいたそうです)。参加者が扉を選び、その扉を開けたときに自動車があれば、その自動車を獲得できるというものです。

 ただし、ゲームをちょっと面白くするために、以下のルールが課されています。

  1. まず参加者はいずれか一つの扉を選択します。
  2. 司会のモンティは参加者が選択しなかった残り2つの扉の内、外れの扉を開けます(モンティはどの扉の奥に自動車があるかわかっているので、必ず外れのドアを開けることができます)。
  3. 参加者は、実際に扉を開ける前に、モンティが開けなかったもう一つの扉へ変更する権利を与えられます。

 さて、ここで皆さんならもう一つの扉に変更しますか?

 実際には、多くの参加者は扉を変更しなかったそうです。変更しない理由としては、

  • どちらを選んでも確率は同じである
  • 変更した結果外れたら後悔する
  • を上げる人が多かったそうです。

    正解

     本問題の正解は「扉を変更した方が、商品を獲得する確率が2倍になる」というものです。しかしながら、前述のように多くの参加者(または番組を見ていた視聴者たち)は、確率はいずれも1/2で同じであると考えていました。また、その上でせっかく選択した扉を変更してもし商品を逃してしまったら後悔すると考えていました。

    騒動の発端

     1990年9月、コラムニストのマリリン・サヴァントが自身のコラムに「扉を変更する方が商品を獲得する確率が2倍になる」と書いたことから、騒動が巻き起こりました。このコラムを読んだ読者たちから彼女は間違っているという投書が10,000通近く届いたそうです。

    論争

     投書の内容は「扉を変更しようと変更しまいと、獲得する確率は1/2であり同じである」というものでした。投書の中には1,000人近くの「博士号保持者」も含まれていたことから、騒動は更に大きくなりました。

     サヴァントは、投書に対する反論を試みました。「扉を変更した場合、商品を獲得する確率は2/3であり、扉を変更しない場合は確率は1/3である」という内容を図式化してわかりやすく解説したものですが、こういった反論に対しても納得しない人たちは彼女の方こそ間違っているという考えを改めませんでした。前述の博士号を保持している数学者たちが自分たちの意見を支持する側に付いていたため、冷静な分析が出来ていなかったのかも知れません。

     さらに、ジェンダー(社会的性差)論にまで発展する騒ぎとなりました。自らの意見に固執するあまり、正しい検証を行わず、感情的に個人攻撃を始めてしまったということでしょう。

    終結

     コンピューターを使った「モンテカルロ法(乱数を使って確率をシミュレーションする方法)」によりサヴァントの示した結果と同じ結果が得られたことによってサヴァントが正しいことが証明され、数学者たちも自分の誤りを認めるに至りました。

     本問題の味噌は「モンティ自身は答えを知っていて「必ず」外れの扉を開ける」ということです。また、モンティが外れの扉を開いた後に初めて残りの2つの扉を見た参加者が選んだ場合は、商品を獲得する確率は1/2ということです。

     参加者が最初に選んだ扉が正解である確率は1/3です。残り2つの扉に正解がある確率は2/3です。そのうち、モンティが「必ず外れの扉」を開くのですから、残りの1つの扉に正解がある確率は2/3なのです。

     もっとわかりやすく説明すると、扉が100枚ある場合を考えると良いです。最初に選んだ扉が正解の確率は1/100です。モンティが残り99枚の扉の内「必ず外れの扉」98枚を開くとします。残り1枚の扉が正解である確率は99/100になりますよね。まさか、これで確率が1/2になったとは思わないでしょう。

     その他、わかりやすく解説する方法はいろいろ紹介されていますが、それは専門のページに任せることにします。

     本問題は、大きな話題になったこともあり、直感的に感じられる確率と実際の確率と異なるという「パラドックス」や「ジレンマ」の好例として書籍などで多く紹介されることになりました。

    行動経済学の今後

     行動経済学では、このように実際の確率とは異なる「直感的な確率」によって人々が消費行動を選択することを解き明かしていきます。行動経済学以前の経済学に登場する消費者ならば「変更する」方を選ぶのでしょうが、行動経済学では「変更しない」方を選んでしまいます。こういう消費者行動の非合理性をベースに現実の消費者行動が行われているんですよね。

     今はやりのAIでは人間の思考パターンであるヒューリスティックスやらも再現できると聞いたことがあります。ヒューリスティックス機能を持つAIも「直感的な確率」を信じて誤った結論を導くようになるのでしょうか?興味深いですね。人間とAIとの思考の違いも行動経済学のテーマの一つになるかも知れませんね。

     行動経済学には「認知バイアス」なども出てきますので、(心理学が好きな私からすれば)心理学的な観点からも興味深い学問分野です。

     行動経済学にはこれ以外にも面白い事例が沢山あるので、今後も機会があれば紹介していきたいと思います。

    2017年10月23日修正:扉を変更しない場合は、商品を獲得する確率は1/3です。