オイコノミア「~多数決 だけじゃ ない!決め方の 経済学~」(2017/5/3放送)

 NHKのEテレで放映されている経済バラエティ番組「オイコノミア」は先日紹介した行動経済学の話もあるので、ずっと興味を持っています。行動経済学の権威である大竹文雄教授もよく出演しています。

 しばらく前まで(といっても過去の記事から3年くらいは経ちましたが)はこのブログでも頻繁にオイコノミアの放送内容を元にした記事を書いていたのですが、多忙のため最近ご無沙汰になってしまっていました。過去に記事を書いていた頃は又吉さんが芥川賞を受賞するなんて思ってもいなかったので、ちょっとびっくりしながらこの記事を書いています。

 今回、衆議院の総選挙が行われて自由民主党と公明党が引き続き政権を運営していくことになりました。この衆議院選挙は衆議院議員を決める仕組みで多数決が基本となっています。選挙制度は様々なものがありますが、日本の衆議院議員選挙で採用されているのは「小選挙区比例代表並立制」と呼ばれるものです。

 ということで、改めてオイコノミアで過去に放送されたテーマの中から「多数決」に関する話題を取り上げた回のレビューをしてみたいと思います。レビューをしながら、小選挙区比例代表並立制の仕組みを説明してその特徴を明らかにしたいと思います。

出演者

【出演】  又吉直樹 (ピース)
【ゲスト】 春香クリスティーン
【解説】  坂井豊貴 (慶應義塾大学教授)
【語り】  朴璐美

 オイコノミアは一般的に又吉さんと解説の大学教授(それも大竹文雄教授になることが結構多いです)の2人で進行するパターンが多いですが、たまにゲストが出演することがあります。ゲストはテーマに関連した人が選ばれることが多いのですが、今回の春香クリスティーンさんが選ばれた理由は??でした。


経済学と多数決

 オイコノミアは経済学をテーマとしたバラエティ番組なのでタイトルは必ず「~の経済学」となるのですが、一見経済学と関係の無いような内容もたまにあります。今回の「決め方」というテーマは番組でも紹介されていましたが「社会的選択理論」のことであり、立派な経済学のテーマの一つですし、政治学的なアプローチも行われています。個人の嗜好・選択を元に、その個人の集合としての社会の選択の集計方法や意思決定方法を評価する学問分野です。比較的新しい学問分野ではありますが、研究者であったケネス・アローはノーベル経済学賞を受賞するなど注目されている分野です。また同じく研究者であったボルダは、後述するボルダルールの名前の由来にもなっています。


多数決とは

 言わずと知れた「民主的な」意思決定の方法です。今回の衆議院選挙に代表されるような国政選挙から、会社などの組織、はたまた家庭内の家族会議まで多数決で意思決定されるところも多いかと思います。二者択一で行動を選択する曲面では、最も合理的な意思決定方法となります。

 今回のオイコノミアで取り上げられている「多数決の欠陥」とは、多数決で決まったことであっても「少数意見を大事にする」というような感情面での話ではありません。もちろん、実際に意思決定して組織を運営する場合はその組織全体のまとまり(一体感)や組織の円滑な運営のために、少数意見を大事にすることは重要ですが、そういう運用面の話ではなく、多数決という制度自体が持っている欠陥について、詳らかにしていこうというものになっています。

 まず、番組では多数決の使用条件として次の3点を挙げてからその欠陥の話に入っていきましたので、ここでもその3点を書いておきたいと思います(番組では、ここまで行き着くのに坂井教授自身が出演するミニドラマが展開されるという演出もありましたが、ここでは割愛します)。

  • 多数決をする皆に共通の目標があること
  • 投票者が自分の頭で考えて投票すること
  • 重要すぎることに使わない
  • ※引用「オイコノミア」


    多数決の欠陥

     多数決の欠陥として挙げられるのが、「票の割れ」です。選択肢が2つでは起こりませんが、選択肢が3つ以上では票が割れるという現象が起きる可能性があります。票の割れの好例として番組で取り上げたのが2000年のアメリカ合衆国の大統領選挙でした。番組では、当初ブッシュ氏とゴア氏との間の争いでありゴア氏が優勢であったものが、第三の候補ネーダー氏の登場により、(ネーダー氏の政策がゴア氏に近かったため)ゴア氏の支持者の一部の票がネーダー氏に流れてブッシュ氏が当選したと解説していました(でも、これが好例というならばアメリカ合衆国国民は本来希望していない人を大統領にしてしまったと断言しているようにも聞こえます)。

     今回の日本の衆議院選挙においても同じような現象が起きました。野党が希望の党、立憲民主党と割れたため、小選挙区では軒並み自民党候補が当選するという現象になっています。小選挙区制の場合は、英国などのように二大政党制となりやすいのが特徴で、野党が多数に分裂すると与党には敵わないというまさに教科書通りの結果になったわけです。

    小選挙区制と比例代表制

     ここで番組をちょっと離れて選挙制度の話をしましょう。

     選挙制度としては、比例代表制、大選挙区制、中選挙区制、小選挙区制などいろいろあります。それぞれに特徴があり欠点も抱えているのですが、特に小選挙区制の場合は地域によって支持政党の偏りがなければ、第一党の得票率が50%をちょっとでも超えれると全議席が第一党議員によって占められるという極端な仕組みです。得票率と議席の獲得率の差(死に票)が大きくなる(最大50%弱)可能性があります。英国などは典型的な小選挙区制を採用している国で、二大政党制が確立しています。与党が安定的な政権を運営しようとする場合には非常に有利な制度ですが、小規模な政党が国政に参加できないという弱点を持っています。

     小選挙区制では2大政党が有利で小さな政党は国政に参加しにくくなるという欠陥を補うために設けられているのが「比例代表制」です。国内(衆議院議員選挙)では「小選挙区比例代表並立制」という仕組みになっています。比例代表制では死に票を最小化する取り組みとして「ドント方式」というやり方が行われています。ドント方式は政党ごとの得票数の重みが一番重い政党に次の候補者を割り当てる方式ですが、ここで書くと難しいので詳細は専門のページに任せることにします。また、衆議院議員の比例代表では「単純拘束名簿制」という名簿方式がとられていますが、これも専門のページに任せましょう。

     ということで、選挙制度の話はこのくらいにして番組の内容に戻って多数決の欠陥の話をしていきます。


    多数決の欠陥を補うもの

     前述のような多数決の欠陥を補うものとして番組ではいくつかの方法を採り上げています。

     番組では、又吉さんの後輩のお笑い芸人3組がそれぞれ芸を披露してもらい、坂井教授のゼミ生にどの組が一番面白かったのかを様々な方法で投票させ、得票がどのように変わるのかをシミュレーションしていました。

    決選投票付き多数決

     (単純)多数決の欠陥を補うものとして番組で取り上げたものの一つが「決選投票付き多数決」です。これは、第一位の得票数が過半数に達していない場合は、上位2つで決選投票を行うというものです。フランスの大統領選挙が良い例ですし、日本国内の政党の党首選でも使われることがあります。決選投票付き多数決が前述のアメリカ合衆国大統領選挙で採用されていれば2000年には「ゴア大統領」が生まれていたかも知れません。先の国内の衆議院議員選挙でも与党がこれほど多数の議席を得ることはなかったかも知れません。

     とはいえ、決選投票ははっきり言って選挙を2回行うというものであり、時間とコストがかかります。大統領選など1人の候補者を時間をかけて選ぶ選挙では良いですが、国会議員の選挙など同時多数の議員を選ぶ選挙などに使うのはナンセンスです。

     番組ではちょっとだけ紹介されましたが、同様の投票方法に「繰り返し最下位消去ルール」があります。これは決選投票よりも選挙の実施回数が多くなるので時間とコストがかかりますが、より公平性が求められるような場面で利用されます(オリンピック候補地の選定で使われています)。

    ボルダルール

     多数決の欠陥を補うものとして番組で次に取り上げられたものが「ボルダルール」です。これは配点式の決め方の一つであり、例えば選択肢が3ある場合、投票者は第一位に3点、第二位に2点、第三位に1点をそれぞれ投票するというものです。これは、投票者に第一候補だけでなくそれ以外の第二候補以下の候補者の優劣を意思表示させるものであり、潜在的な投票者の意思を顕在化させる方法の一つといえます。全候補を順位づけすると、投票者が忌避したい候補を顕在化させることが出来ます。

    その他の選択方法

     ところで、番組の冒頭ではその他の選択方法も紹介されていましたが、その後詳細な解説はほとんどありませんでした。少しだけ紹介されていたのがオリンピック候補地などを選定する際に使われる「繰り返し最下位消去ルール」でしたが、その他の方法は割愛されていましたのでちょっと残念でした。

     番組では、最も理想的な投票は満場一致であり、それに一番近いのがボルダルールであると解説していました。また、投票する側が正しい意思表示をすることが重要であるとも結論づけていました。


    まとめ~選択対象と投票方法

     番組では「単純多数決」「決選投票付き多数決」「ボルダルール」とでそれぞれ優勝者が変わるという(番組の仕込みか?)バラエティに富んだ結果となりました。それはそれとして、選挙のように自らの意思の代弁者(代議員)を決める場合と、最も優れた美術作品を選ぶような場合とではその選抜方法が異なるのは当然です。また、ただ一つを選ぶ場合と複数を選ぶとではまたやり方は異なります。

     番組ではそこまで言及していませんでしたが、複数のメンバーや委員を選ぶ際に多数決をすると、得票数上位の候補者はリーダーシップを発揮するような人ばかりとなりチームは衝突を繰り返すという結果になりかねません。プロジェクトチームなどを投票によって選抜する場合、リーダー的な人と調整役的な人、実務的な人など複数の要素の人の組み合わせでこそプロジェクト運営がうまくいくのではと考えると、ボルダルールはそういう複数の人を決めるときにこそ有効な選抜方法かも知れないと思いました。また、全体の順位を明らかにしたいときに、より投票者の意思に近い順位が得られるものになります。

     というわけで、先日行われた総選挙にちなんで、久しぶりにオイコノミアのレビューを書いてみました。オイコノミアは再放送も何度か繰り返されているため、本タイトルの放送もその後何度か放送されると思います。ただ本タイトルの放送は今後いつ再放送されるかどうかわかりませんので、ご了承ください。さらに、オイコノミアはNHKアーカイブスでは流していないみたいなので、今回放送した内容を見直したくても再放送を待つしか無いのは残念です。

     多数決については、番組内で坂井教授が小学生の時のエピソードでトラウマになったようなことを言っていました(坂井教授が小学生の時に廊下でふざけたことを学級会議で糾弾するのに多数決を使われたといっていました)。私も中学生の時に生徒会の提案事項を各学級に持ち帰って議論する中で「図書室を昼休みにオープンした方が良いか」という議題があって、その可否を多数決で決定するのはおかしいと思った記憶がありました。全校生徒からアンケートを取って一定の需要があるのならオープンしても良いのでは、と考えていて違和感を持っていました。それ以来、集団の意思決定といえば「多数決による意思決定」という単純な考え方にはいつも疑問を持っていたので、今回のテーマは特に興味深かったです。