ヒューリスティックスって便利?!(行動経済学と人工知能の話)

 最近ちょっと行動経済学の本をあれこれと読み返しているので、頭の中が行動経済学のことでいっぱいになっています。そこで、またぞや行動経済学からテーマを絞って文書を起こしてみたいと思います。

 というわけで、ヒューリスティックス(heuristic(s))の話です。カタカナ表記では「ヒューリスティックス」「ヒューリスティクス」(小さい「ッ」が入るかどうか)の2種類があるようですが、ここでは「ヒューリスティックス」で統一します。

 ヒューリスティックスとは人間の思考における重要な要素の一つです。また、コンピューターの分野でも簡便な問題解決方法の一つとして確立されています。人工知能においても当然必要な考え方になります。

 ヒューリスティックスがうまく働けば、我々は短時間で「最適解」にたどり着くことが出来ます(ここでは「正解」ではなく「最適解」という表現にしています。最適解は正解に近い解で実用上問題ないレベルの解のことです)。

 しかしながら、人間が誤った選択をするのもこのヒューリスティックスの影響によるところが多いです。コンピューターの世界であれば、操作する人間側がヒューリスティック法を「使う」「使わない」を判断すれば良いのですが、我々人間自身はヒューリスティックスを無意識で使ってしまっているので気をつけなければなりません。


ヒューリスティックスとは?

 ヒューリスティック(heuristic)は、日本語訳としては「発見的な」という形容詞です。同じくヒューリスティックス(heuristics)は「発見的教授法」となっています。私がその昔に見た(多分経済学関連の)教科書には「方略」と書いてありました。当時は何のことだろうか全くわかりませんでした。「方法」を「省略」するという意味なのだと思いますが、その後いろいろな国語事典を探しても「方略」とは「計略」のことと書かれており、ヒューリスティックスに関連する意味とは違う意味のようです。もしかしたら、その教科書を書いた著者または訳者の造語かもしれません。いまでも、たまに行動経済学の論文とかで見かけるので、どこかでは使われているのでしょうね。でも、辞書には全く出てこない非常にマイナーな言葉なのかも知れません。

 ということですが、心理学や行動経済学に登場する意味のヒューリスティックスとは経験則のことです。経験則とは過去の経験により蓄積された「よりよい結果を導き出す方法」を類似の事象が現れたときに選択するものです。人間の意識、思考は膨大な経験則により構成されていると思っています。

 コンピューターは元々は経験則というのは苦手で、正しく答えを導き出せる問題解決を得意としていました。具体的に言えば方程式の解法とか、シミュレーションとかです。しかしながら、コンピューター技術の進歩や人工知能の出現により、コンピューターもヒューリスティックスを取り扱えるようになってきました。コンピューターは数値計算は得意ですが、コンピューターに求められている問題解決がより複雑化しており、式の解法に膨大な時間が必要なことや、そもそもその事象を式で表せないような問題も存在します。それらの解決方法として、ヒューリスティックス法という方法がとられることがあります。

 逆に人間はヒューリスティックスをうまく利用して生きています。例えば、街中で下のイラストのような人がいたらどうしますか?

 皆さん、積極的に近づいてお友達になろうとは思わないはずです。

「イラストのような格好をした人」 = 「やくざ・チンピラ」 = 「関わると痛い目に遭う」

という図式が頭の中で働いているはずです。もちろん、もしかしたらとっても善人(ずぶ濡れの捨て犬に餌を与えるような人・・・)かも・・・知れません。しかしながら、街中でイラストの様な人を見かけてから僅かな時間内にその人の正しい性格・人となりを明らかにすることが出来ない以上、意思決定としては「近づかない」を選択することが無難です。このように、正しい判断を行うに足る十分な情報量がないときに、あるいは十分な情報を得るための時間が無いときに合理的な判断を行うことがヒューリスティックなのです。


ヒューリスティックスの種類

 心理学や行動経済学に出てくるヒューリスティックスには大きく分けて「代表性ヒューリスティック」「利用可能ヒューリスティック」「係留と調整」の3つの内容があります。以下、それぞれ説明します。

代表性ヒューリスティック(REPRESENTATIVE HEURISTIC)

 代表的ヒューリスティックとは、その事象の典型的な特徴を以て事象を判断してしまうものです。さきほどの「ヤクザ・チンピラ」の例の様に、髪型、表情、服装、姿勢などからその人の内面/人となりを判断することは代表性ヒューリスティックの好例です。

 特に人間は、自己の損失を回避したいという欲求があり(これを損失回避といい、行動経済学のテーマの一つですが)、危険な行動(リスク)を避ける傾向があります。この損失回避の行動は、代表性ヒューリスティックに基づいて行われていることが多いです。

 更に典型的な例で言うと、我々ビジネスパーソンが髪を整え((男性だけですが)ひげを剃り)背広を身にまとうのも「相手を不快にさせない」という思いだけではなく「自分は社会に適合した人間である」というアピールになっているのです。もし、だらしない格好(ひげを剃らず、ヨレヨレの背広やアイロンをかけていないワイシャツ)をしていたら、その人は「自分は社会に適合していない」ということをシグナリング(発信)していると言えます。

 ということは、取引先から見れば「信用に足らない人物だ」という代表性ヒューリスティックという名のレッテルを貼られているも同様です。信用が得られなければ、良い取引は行われませんよね。営業担当者がこんな感じだと成約に結びつきません。というわけで、身だしなみは行動経済学から見ても重要だと言えます。

 さて、この考え方を応用すると、自分の服装から自分の印象や考え方を相手に伝える(シグナリングする)ことも出来るという考えに至ります。

 IT業界に昔このような人がいました。


(写真はWikipedeaより)

 もちろん、皆さん名前を知っていますよね。アップルの創始者(の一人)で2011年に亡くなったスティーブ・ジョブス(Steve Jobs)氏です。彼はひげ面で、黒のタートルネック、デニムをまとっています。もう一方の有名人、マイクロソフト社の創始者ビル・ゲイツ氏が背広を着ていたのとは好対照です。ジョブス氏はなぜこのようなラフな格好をしていたのでしょうか?これもシグナリングの一つで、「社会の常識にとらわれない斬新な発想をする人間だ」「だから前代未聞の商品を作り上げたのだ」ということを第三者に向けてアピールしていたと言えます。

 米国シリコン・バレーの起業家たちは比較的ラフな格好をしている人が多いです。日本のIT業界でもベンチャー系の起業家は同様の格好をする人が散見されます。これは、スティーブ・ジョブス氏が作り上げた

 「ラフな格好をして会見やプレゼンを行う人」 = 「自由な発想をする人」 = 「世の中にないものを作り上げる人」

 という代表性ヒューリスティック(ステレオタイプ)を踏襲しているのかも知れません。悪く言うと二番煎じ・・・でしょうか。

連言錯誤

 さて、代表性ヒューリスティックには「連言錯誤」という問題があります。これは、言葉や文書中の印象深いキーワードにより、誤った評価をしてしまうものです。連言錯誤の代表例が「リンダ問題」です。

 リンダ問題とは以下の様なものです。

 リンダは31歳、独身で、非常に聡明で、はっきりものをいいます。大学時代は哲学を専攻し、人種差別や社会正義の問題に関心を持ち、反核デモに参加していました。そのリンダの現在の姿を推測する場合、可能性が高いのはどちらでしょうか?

 A:銀行の窓口係
 B:女性解放運動を行っている銀行の窓口係

 さて、皆さんはどちらだと思いますか?実際にアンケートを実施したところ「B」と答える人が多かったと言うことです。

 でも、よく見てみると「B」は「A」の完全部分集合です。ベン図に表すと下の図の様になります。

 つまり「AであってBではないことは起こりえる」が「BであってAでないことは起こりえない」となります。つまり、Aである方が確率は高いですよね。であるのに、大学時代の彼女の活動内容と「女性解放運動」が結びついてしまいBの可能性が高いと判断してしまうのです。このような現象を連言錯誤と呼び代表性ヒューリスティックではよく取り扱われる問題です。

利用可能性ヒューリスティック(AVAILABILITY HEURISTIC)

 飛行機の墜落事故のニュースが報じられると、鉄道利用者が増えると言われています。国内であれば、各地で新幹線というところでしょうか?また、飛行機は怖いから絶対に乗らないという人もいます。有名な話では「タモリ」さんも飛行機が嫌いだとか。

 ところが、実際に移動中に事故に遭う確率として(事故率)/(移動距離)を計算してみると飛行機の方が圧倒的に数値が小さくなります。もちろん、日本には新幹線というモンスターがいて、運行による(起因する)死亡事故は0ということです(もちろん、新幹線への投身自殺やホームでの接触、つい最近は放火というのもありましたが)。ですが、一般的には飛行機での移動中に事故に遭う確率は極めて低いのです。

 しかしながら、ニュースなどで事故が報道されると、人間はその情報を元に飛行機の事故を過大評価してしまい、その結果として移動手段を鉄道等他の交通機関に乗り換えてしまうのです。

 このように、人間が利用可能な情報を元に意思決定をしてしまうことを利用可能性ヒューリスティックと呼びます。

ランキングと利用可能性ヒューリスティック

 利用可能性ヒューリスティックはマーケティングにも重大な影響を与えています。それはランキングというものです。

 ランキングと言えば、古くは久米宏さんと黒柳徹子さんが司会を務めていた音楽番組「ザ・ベストテン」が挙げられます。ザ・ベストテンではレコード売上や有線放送のリクエスト回数などから独自で集計したヒット曲をランキング形式で紹介するというものです。

 当時小学生だった私は自分がファンの歌手の曲が何位になっているのかいつも気になってワクワクしながら見ていた記憶があります。でも、よく考えてみると「どんな曲がはやっているか知らない人」はこの番組を見てはやっている曲を知ることができるのですが、そのことによって、ランキングされた曲が更に売れていくという相乗効果をもたらしているのです。つまり、曲のことを全く知らない人がこの番組を見ると「あぁ、この曲はこんなにはやっているのか、それじゃ今度レコード店でその曲を買ってみよう」となるわけです。

 どんなに良い曲であっても、ランキングに乗らなければヒットしないというわけです。

 これは、今のネット検索にも言えます。我々はネット検索をして、検索結果の1ページ目の上位のサイトから見に行くと思います。もちろん検索エンジンも検索者の意図に沿う様なランキングのアルゴリズムを実装しているのでしょうが、そうだとしても上位にランキングされるサイトは更に訪れる人が増えてランキングが優位になるという現象が生じます。

 これが、利用可能性ヒューリスティックというものです。

係留と調整(ANCHORING and ADJUSTMENT)

 係留とは船舶が錨を下ろして停泊することなのでアンカリングとも言われます。皆さんもアンカリング効果と言えばわかりやすいかも知れません。

 最初に与えられた情報がその後の意思決定に大きく影響を与えるというものが、係留と調整というものです。つまり、最初の場所に錨を下ろすので、その位置からあまり動かなくなると言うことです(あまり動かないところが「調整」と言われるゆえんです)。

 行動経済学に出てくる事例としては「マクドナルド・コーヒー事件(1992年)」が挙げられます。この事件は、マクドナルドのホットコーヒーをこぼしてやけどを負ったステラという女性が「マクドナルドが注意義務を行ったことでやけどを負った」と裁判に訴えて、当時286万ドル(当時の日本円で約3億円)の慰謝料を勝ち取ったというものです(最終的には和解によってこの金額よりずいぶん低い慰謝料に落ち着いたようですが)。

 なぜこのような高額な賠償額になったかというと、まずこの金額は真の賠償額に当たる16万ドルと懲罰的賠償額である米国マクドナルドにおける全ホットコーヒーの売り上げの2日分に当たる270万ドルの合計値となります。この米国マクドナルドにおける全ホットコーヒーの売上の2日分というのがみそです。最初弁護側は同じく1週間分つまり7日分の損害賠償を要求しました。しかし、陪審員が7日分を2日分に下げて判決を出したのですが、この最初の7日間という要求がアンカリング効果として働いていたと言われています。

 そもそも、全ホットコーヒーの売り上げを引き合いに出して損害賠償の額を算定する必要があるのかという話になりますが、俎上に乗ってしまった7日間という内容に引きずられてこのような判決が出てしまったということが行動経済学の教科書で書かれています。

 このあまりにも法外な賠償額には米国民も驚いたようで、その後米国ではその年最も馬鹿げた判決に「ステラ賞」という賞を与えるようになったとか。


ヒューリスティックスとうまく付き合う

 このように、ヒューリスティックスによって人間は正常な判断を狂わせられるわけです。ヒューリスティックスが怖いのは、それが我々人間(生物)の活動にとって必要な機能と言うことです。だから、全く使わないわけには行きません。今流行っているAIや機械学習というものも元を正せばヒューリスティックスの塊と言っても過言ではありません。

 というわけで、ヒューリスティックスとはうまく付き合って行かなければならないということですね。世の中には他にもヒューリスティックスに基づいた行動が行われているので、探してみるのも楽しいです。