SLATS(Super Low Altitude Test Satellite)超低軌道試験衛星「つばめ」

「つばめが低く飛ぶと雨が降る」と言います。つばめの餌となる小さな虫は、空気中の湿度が高い場合は低空を飛んでいることが多いため、捕食のためにつばめも低く飛ぶと言うことらしいです。

その「つばめ」の愛称を持った(試験)人工衛星が打ち上げられました(平成29年12月23日(土))。それがSLATS(Super Low Altitude Test Satellite)です。SLATSは高度で言うと高度300km以下の宇宙空間を飛ぶ技術試験衛星です。高度100kmまでが大気圏と呼ばれる領域ですので、100~300kmの宇宙空間としては最も低い高度を飛ぶことになります。

さて、低高度を飛ぶことには様々な課題があります。


超低軌道人工衛星の問題1、大気密度の問題

まず、超低高度には宇宙空間といえども「大気」があります。大気の密度は地上の10億分の1程度ですが、その大気の影響を受けると人工衛星の飛行速度が減衰していきます。飛行速度が小さくなると地球の重力の影響を受けて大気圏に突入し燃え尽きてしまいます。従って、運用期間が非常に短くなります。運用期間を延ばすためには推進装置を搭載して加速をしなければならなくなります。ちなみに、同時に打ち上げられた衛星「しきさい」は高度800kmで運用されます。この高度だと大気密度は地上の1兆分の1程度になり、長期の運用が可能になります。

高度300kmで、加速を続けるために必要な推進装置として今回採用されたのがあの「はやぶさ」でも有名になったイオンエンジンです。化学エンジン(燃焼反応により推力を得られるエンジン)よりも比推力が高いことが知られています。比推力を説明するのは難しいですが、燃料単位重量(つまり同じ重量の燃料)を使ったときに得られる推力の事を指します。つまり、同じ燃料を効率的に使えると言うことになります。厳密にいうとイオンエンジンの場合は燃料ではなく推進剤ですが・・・。つまりイオンエンジンは推進剤であるキセノン(ハロゲンガス)を荷電して(イオン化して)高速で噴射することにより高い比推力を得ることができると言うことです。

高い比推力が得られるイオンエンジンを搭載することにより「つばめ」は長期の運用を目指します。(あくまでも技術試験衛星なので、超低軌道の活用の可能性を探るための試験と言うことになりますが)


超低軌道人工衛星の問題2、原子状酸素

超低軌道の空間(大気圏のすぐ外側)にある微少大気に含まれる酸素はO2という分子の状態ではなく、宇宙放射線の影響などにより分子が解離されてO、つまり酸素原子の状態で存在します。この原子の状態で存在する酸素は他の物質と反応しやすいという問題があります。人工衛星表面はこの酸素原子に曝露されることになります。したがって、この酸化から人工衛星表面(無論内部も)を守らなければなりません。つばめでは表面に酸化に強いコーティングを施すなどしてこの原子状酸素による被曝から衛星を守っています。

さて、つばめには原子状酸素(AO)を観測する機器も搭載しています。実はこの高度の原子状酸素に関してはその濃度など詳細はよくわかっていないのです。それらを解明することが、超低軌道衛星軌道の実用化には避けて通れない課題なのです。


超低軌道のメリット

さて、人工衛星にとっては過酷な環境である超低軌道ですが、メリットもあります。それは地球表面から近いと言うことです。地球表面を観測する場合、地表から遠ければ地表面を詳細に観測するためにはより高倍率なカメラ、より高精度なレーダー、レーザーなどの機器が必要となります。地表から近ければ、より小型の機器で観測することが可能になります。単純に高度が1/4になれば、画像素子の面積は1/16で良くなりますので、使用電力量なども小さくなり、衛星が小型化できると言うことになります。衛星が小型化できれば、打ち上げコストも低くなり、同じ予算でより多くの衛星を打ち上げることが出来、地表全体のカバー率も上がるというわけです。

以下は公式には何も言われていないので私の推測ですが、俗に言われる軍事衛星、特にスパイ衛星などはできるだけ、地表に近いところから地表の詳細な状況を観測できることが望ましいので、そういう目的に使用することも想定して試験を実施しているのではないでしょうか?なんと言っても、この辺は公にはされませね。今稼働している地球観測衛星もスパイ衛星として他国の地表の状況などを詳細に観測しているという話も聞きますしね。


H2Aで低軌道衛星を打ち上げる

初代「はやぶさ」は当時JAXAに統合される前の宇宙科学研究所の「M-Vロケット5号機」により打ち上げられました。以前「初代はやぶさ」のプロジェクトマネージャーである川口淳一郎氏が言っていましたが、このロケットは研究開発向けの試験用人工衛星を様々な軌道に打ち上げられる「使い勝手が良い」ロケットでした。当然、当時はH2は別の組織NASDAが開発していましたし、M-Vなど小型の試験衛星を比較的自由な高度に打ち上げることが可能なロケットしか持ち合わせていなかったのですが、JAXA誕生によりこうした汎用性のあるロケットの開発は後手に回り、H2シリーズという商業衛星打ち上げを目的とした大型ロケットの開発に邁進することになります(現在では低コストで小型衛星を打ち上げる手段として、JAXAはイプシロンロケットを開発していますが)。

さて、JAXAが発足してH2、H2A、H2Bの時代になり、ロケットの目的が「商業衛星」の打ち上げとなりました。商業衛星とは静止軌道上の気象衛星、通信衛星や、それより低い軌道(600km~)に投入され中長期間にわたって運用を行う人工衛星のことです。従って今回のように超低軌道へ試験衛星を投入するというイレギュラーなミッションには向かないと言うことになります。

今回のH2A(37号機)では、いったん高度800kmまで上昇し主衛星である「地球観測衛星(しきさい)」を円軌道に投入しました(このときH2A37号機はすでに第一段ロケットを切り離しており第二段ロケットの噴射により800kmまで上昇して人工衛星を分離しています)。相乗りさせてもらっている「つばめ」はしきさい分離後H2Aの2段ロケットを逆噴射して高度を落とし450km~600kmの楕円軌道に投入しました。

このようにH2Aで異なる高度に人工衛星を投入するというミッションは初めてのことでした。このH2A37号機は複数の高度に人工衛星を投入できるように第二段ロケットのエンジンを3回点火できる構造に改良されています。こうして、試験衛星などの相乗りが可能になると人工衛星の打ち上げコストが低下することになります。衛星の打ち上げビジネスにおいても、信頼性以外に低コストという武器を手に入れることになります。

超低軌道衛星の今後

今回、本記事を書いたのは「超低軌道は空気の密度が高く実用的な人工衛星を飛ばせる領域ではない」という先入観を破った研究者たちに敬意を表したからでした。我々一般人は人工衛星は真空で空気の抵抗が全くない空間で半永久的に(機器の故障や電池や姿勢制御用燃料が枯渇するまで)飛び続けるものと思っています。だから、できるだけ高い高度で空気が少ない方が有利ということになります。

従って、超低軌道は人工衛星には向かない利用価値のない領域と言うことになります。でも、そうじゃなくて工夫によって(なんと推進装置を付けることによって)その領域も実用衛星を投入できる空間と言うことになるかも知れません。そういう固定概念を打ち破る今回の試験衛星に期待することが大きいものがあります。

つばめによってもたらされる数々の超低軌道空間の知見が、今後の超低軌道実用衛星の実現の一助になることを期待しています。


出展:
・JAXA、つばめ(SLATS)の公式サイト
・JAXA、しきさい(GCOM-C)の公式サイト
・JAXA、H2Aの公式サイト